関係者・出演者のみなさんは本当にお疲れさまでした。
http://www.iminet.ac.jp/ic2006/
さて、僕が出演したのは3日目でしたが、この日は機材セッティングに時間がかかる作品が多く作品の合間に時間があったおかげで、面白いトークがいくつかありました。そのなかに、今のコンピュータ音楽の流れをまとめる様なお話がありました。
勝手に要約&引用させていただくと、「以前はコンピュータ音楽は二つの道があった。ひとつはクラシック音楽の系統を引く、作曲のためにコンピュータを用いる方向。もうひとつは、いわゆるポッミュージックのコンピュータの使い方。そこに、最近はノイズ音楽やサーキットベンディングなど、言わばクラシックとポップスの中間に位置する様な『第三の道』が増えていて、コンピュータ音楽をより豊かにしている。」というお話でした。しかし僕は、この「第三の道」でもない、全く異なる考え方が産まれはじめていると考えています。それは、「作曲のためにコンピュータを使うのではない方向」であり、インカレで言えば「qr:」「rain tower3」が当たります。三つの「道」が「コンポジション」であるのに対して、これらの作品は音楽が産まれる場の「デザイン」と言えるでしょう。
「qr:」をクラシックの発想で考えれば、面白い、新しい音響をうみだすために観客に携帯でQRコードを読みとらせた、と解釈するかもしれません。あるいは「rain tower3」について、作曲者の意図を消し何がしかのランダム性を得るためにチャットしながら複数人数で音楽を作っていると考えるかもしれません。そこに暗黙の了解として存在するのは、作曲家→演奏家→聴衆という音楽の伝達モデルです。しかし、これは微妙ながら決定的な意識の違いなのですが、これらの作品にははじめから伝達すべき音楽など存在しないのです。したがって上記の音楽の伝達モデルに該当しない。そこにあるのは、まさにその場で生まれている音楽であり、つまり繰り返しますが、「作曲」ではなく、音楽が産まれる場の「デザイン」なのです。ちょっと難しい言い方になりますが、音楽を生み出すために必要と考えられてきた近代的自己による作曲という重力はもはや拡散し、遍在する断片的な個人の意識が無意識的に集まって音響を産み出しはじめている。そして、そのプロセスが「作品」であるということです。
もちろん、今後さらに発展するためには、どちらの作品もシステム面だけでなく、まだまだ音響面でのクオリティを上げて行かなければならないと思います。が、個人的には最も「新しい音楽」の可能性を感じる分野だと思っています。事実、単にひとつのインターフェイスを複数人数で同時に操作すると言う、ただそれだけのことで「rain tower 3」は非常にスリリングで、予測のつかない音響を生み出します。これはどんなメソッドを使っても、個人ではなし得ないことです!
